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Paris way essay collection


競馬の血統学


「血が大好きで大好きでたまらない」と広言すると、精神が病んでいる可哀相な人と憐憫のまなざしをむけられ、一歩も二歩も引いて しまわれる。もちろん、あのおどろおどろしいバンパイア(吸血鬼)の類でないことは明白になっているから、あくまで?の域を出ないのではあ るが、なぜか、人は血という語に好ましさを感ぜずに忌み嫌うというのが普通である。一方、「あの家は遠い昔から何十代にも渡る名家で、 このあたりでは知らない人はいない」とか、「あの一族は皆毛並みがよく、政財界で活躍している人が沢山いる」とか、その血筋の良さ、血 統となると、むしろ、その血に憧れるような反応を見せたりする。

吉沢譲治さんの『競馬の血統学(NHK出版)』は、競走馬いわゆるサラブレッドの血統について、詳しく分かりやすく解説された専門書 である。競馬に関心がない人でも、「ディープインパクト」という馬名を一度は耳にしたことがあるだろう。「ディープインパクト」は三歳のク ラシックレースの三レース全てで戴冠し、古馬になっても、JRA(日本中央競馬会)の最も格の高いレースであるG1レースを4勝し、併せ て7つのG1を獲得した強い馬である。引退後も種牡馬となり、彼の血を継ぐ子供たちも数多くのG1を獲得している。つまり、サラブレッド の血統を語る上で、もってこいの馬なのである。もちろん、競馬は賭け事であるから、射幸的な見方でしか眺めることが出来ない人が大 勢いることは否めないが、血統という観点から見れば、その機微な奥深さに感動すら覚えずにはいられない。そんな一人が私であった。

本書はサラブレッドの血統について書いてあるのだが、全ての馬について記してあるわけではなく、特に現代のサラブレッドに重要な影響 をおよぼした八頭の種牡馬を取り上げている。詳細は本書を見て頂くとし、その馬名だけを次に列記しておきたい。なお、馬名の前の記 述は、本書の記述をそのままインプットした。
 
       1 血の宿命 革命の使者      セントサイモン    (1881年~1908年)
       2 約束の血 影の立役者      ハイペリオン     (1930年~1960年)
       3 血の盲点 近代サラブレッドの祖 ネアルコ       (1935年~1957年)
       4 喧しい血 偉大なる後継者    ナスルーラ      (1940年~1959年)
       5 辺境の血 サラブレッドの新種  ノーザンダンサー   (1961年~1990年)
       6 新しい血 雑草血統の選りすぐり ネィティヴダンサー  (1950年~1967年)
       7 希少の血 日本に息づく     トウルビヨン     (1928年~1954年)
       8 血の相性 眠りから醒めた    ロイヤルチャージャー (1942年~1961年)

サラブレッドの血統に関心があるのなら、絶対に避けて通れぬ馬たちである。今走っている競走馬たちの血統表をずっと辿って行けば、これ らの馬たちの名を目にすることが出来る。

ちょっと横道に逸れるが、サラブレッドの血統を人間社会に置き換えてみると分かりやすくなると思う。名家と名家が結ばれ更に名声を高め ようとしても、それが全てうまくいくとは限らない。外見上は成功をしたかのように見えても、その結果が脆く崩れてしまうのは、良い面と悪い 面が常に拮抗状態にあるからだ。医学界も進歩し、劣性遺伝子も更に明確になってきた。本来なら非差別的見地から踏み込むべきでは ないのかもしれないが、劣性遺伝子を完全に封印することは難しい。人間の根底には、仮に能力が高くても、怠惰を優先させる遺伝子が あり、仮に能力が劣っていても、さも能力があるように振舞う遺伝子が存在する。

もちろん、幼駒が仕込まれ能力が徐々に開花するのは、人間とて同じではあるが、良性の遺伝子だけが開花していくのではなく劣性をも 凌駕するような人間となるのは、ほんの一握りであることはいうまでもない。