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Paris way essay collection


パワースポット


どなたがお決めになったのか知りませんが、日本の至るところにパワースポットと呼ばれる場所があって、そこを訪れる事をもの凄く楽しみにしている人達がいます。巷で流行の「元気を貰った」というあの類だと思うのですが、テレビを見ていると、そこを訪れる人達の顔には笑みが溢れ、元気に飢えているとはとても思えず、いつもの一過性のブームと同じで、しばらくすれば、一気に冷めてしまうのかも知れません。

まあ、何と言いますか、あっちにふらふらこっちにふらふらが、今の日本人のらしさですから、驚くには当たらないのですが、これも娯楽のひとつと考えれば、そう目くじらを立てる必要も無いのかも知れません。

そのパワースポットが多いとされるのが神社なのですが、当然ながら、神社には神様が祀られていますから、何かしらのパワーみたいなものがあってもおかしくは無いのですが、私の体験から言いますと、これまで何度も拝殿で畏まり頭を垂れた事はあるのですが、パワーらしきものを浴びた事は一度も無かったような気がします。若しかして、神様は訪れる人を品定めしているのかも知れませんが、逆に罰が当たったという記憶もありませんから、そもそも神様は、人間なんぞに全く関心が無いのか、それとも、関わりあいたくないと思っているのかも知れません。

インターネットで日本のパワースポットを検索して見ますと、やはりどこか神秘的とイメージしてしまう場所がピックアップされています。その中の一部を挙げますと、

   琵琶湖(滋賀県)
  、鞍馬山(京都府)
  、熊野(三重県)
  、高千穂(宮崎県)
  、石鎚山(愛媛県)
  、屋久島(鹿児島県)
  、立山(富山県)
  、阿寒(北海道)

などですが、これ等の場所が、どんなパワーをもたらしてくれるのか、いずれの場所も行った事が無い私には全く想像すら出来ないのですが、まさか、「パワーを貰ったような気がする」といった思い込みだけで、パワースポットだと騒いでいるのではないでしょうね。

人間は神様から比べれば、もの凄く鈍感に出来ております。いくら自分の精神力の強さを誇って見たところで、大自然の一寸たりとも覆せるものではありません。得体の知れない宗教の教祖には、神のごとく振る舞って見せるよからぬ者もいますが、我々と何ら変わることなく、その短い一生を終えます。
パワースポットで精一杯パワーを浴び、うんと長生きしたいと思うのはご自由ですが、爺婆ばかりの世の中を想像するだけで気持ち悪くなります。与えられた人生を清く正しく生きて行く姿に、神様はニッコリと微笑んでくれるのですよ。